■目次
温泉だより/海のほとり/尼提/死後/湖南の扇/年末の一日/カルメン/三つのなぜ/春の夜/点鬼簿/悠々荘/彼/彼第二/玄鶴山房/蜃気楼/河童/誘惑/浅草公園/たね子の憂鬱/古千屋/冬/手紙/三つの窓/歯車/闇中問答/夢/或阿呆の一生
■青空文庫から『悠々荘』を一部抜粋
十月のある午後、僕等三人は話し合いながら、松の中の小みちを歩いていた。小みちにはどこにも人かげはなかった。ただ時々松の梢(こずえ)に鵯(ひよどり)の声のするだけだった。
「ゴオグの死骸を載(の)せた玉突台(たまつきだい)だね、あの上では今でも玉を突いているがね。……」
西洋から帰って来たSさんはそんなことを話して聞かせたりした。
そのうちに僕等は薄苔(うすごけ)のついた御影石(みかげいし)の門の前へ通りかかった。石に嵌(は)めこんだ標札(ひょうさつ)には「悠々荘(ゆうゆうそう)」と書いてあった。が、門の奥にある家は、――茅葺(かやぶ)き屋根の西洋館はひっそりと硝子(ガラス)窓を鎖(とざ)していた。僕は日頃(ひごろ)この家に愛着を持たずにはいられなかった。それは一つには家自身のいかにも瀟洒(しょうしゃ)としているためだった。しかしまたそのほかにも荒廃(こうはい)を極(きわ)めたあたりの景色に――伸び放題(ほうだい)伸びた庭芝(にわしば)や水の干上(ひあが)った古池に風情(ふぜい)の多いためもない訣(わけ)ではなかった。
「一つ中へはいって見るかな。」
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